小学校や中学校では国語教育の一環として書写の学習があります。
小学校1・2年生の低学年時は硬筆(鉛筆やフェルトペン)で字を書く学習が主です。3年生以上の中・高学年になると、そこに毛筆による学習が加わります。
筆記具を持つ場合、多くの人が右利きのため右手で筆記具を持ち書写学習を行いますよね。
ですが、左利きのお子さんの場合はどうでしょうか。
現在大人の方で左利きの場合、幼い頃に学校で先生に「右手で書きなさい」と言われたことはないでしょうか。
また硬筆の場合はよかったとしても、毛筆になると右手で筆を持つように直されたという経験をお持ちの方がいるのではないでしょうか。
学校での書写学習の際は、左利きのお子さんでも筆記具を右手に持ち替えて書かなければならないのでしょうか。
そんな疑問について考えます。
ある相談から見えてきた教師の先入観
以前、私はある方から下のような相談を受けたことがあります。
知り合いのお子さんが左利きなのですが、小学校で担任の先生に「書写の時間くらい右手で書きなさい」と言われ直すことになったそうなんです。
そのお子さんは書写の時間(授業)が嫌だと言い始めていて、お母さんはどうしたらよいかと悩んでいるそうで…やっぱり書写の時間は右手で書かなきゃいけないんですか?
その質問を聞いた私の率直な感想は
「え?今時そんなこと言う先生いるの?」
というものでした。
なぜなら私が小学校の教育現場で働いていた頃、そのような事を言って書写学習の時にだけ児童の利き手を改めさせる教師は見たことがなかったからです。
また授業の研修等で「書写学習の際、左利きの児童には右手で書かせるようにすること」などという文言を見聞きしたことは一度もなかったからです。
「書写くらい右手で」
と、その先生が本当に言ったかどうかは定かではありませんが、もしその発言が本当のものだとしたら、児童に対する言い方としては不適切なように感じます。この言い方には「書写は右手で書くのが当たり前であり、それを左手で書くあなたはおかしい」という圧力が暗に感じられます。
ハサミや包丁等、左利きの方専用の製品があるこの現代において、左利きであるが故に差別をされるなんてとても時代錯誤な話です。
仮にその教師が小学生だった時代には
◯書写の時間は右手で書くものだ
◯鉛筆や筆は右手でなければならない
と教わったとします。
しかしその教師は現代の、現行の学習指導要領に則って教育の場に携わっている方です。
※学習指導要領 ⇒ 全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、文部科学省で、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めたもの。
(文科省HPより)
現行の学習指導要領を確認してみましたが、
書写の学習では全員が右手で書くこととする
などというような文言はどこにも見当たりません。
下は「小学校学習指導要領解説 国語編」にある各学年における書写に関する事項です。
【第1・第2学年】
ア 姿勢や筆記具の持ち方を正しくし,文字の形に注意しながら,丁寧に書くこと。
イ 点画の長短や方向,接し方や交わり方などに注意して,筆順に従って文字を正しく書くこと。
【第3・第4学年】
ア 文字の組立て方を理解し,形を整えて書くこと。
イ 漢字や仮名の大きさ,配列に注意して書くこと。
ウ 点画の種類を理解するとともに,毛筆を使用して筆圧などに注意して書くこと。
【第5・第6学年】
ア 用紙全体との関係に注意し,文字の大きさや配列などを決めるとともに,書く速さを意識して書くこと。
イ 目的に応じて使用する筆記具を選び,その特徴を生かして書くこと。
ウ 毛筆を使用して,穂先の動きと点画のつながりを意識して書くこと。
※中学校の国語についても書写に関する事項は同様であり、「右手で書く」等の記載はありません。
書写学習の目的は要約すると『文字を正しく形を整えて書けるようになること』であって、『右手で書けるようになること』ではありません。
つまり、右手でも左手でも、正しく形を整えて書くことができればよいと考えられます。
仮に冒頭の相談に出てきたお子さんが、左利きだけど字を書くことが大好きだったとしたら、楽しいはずの書写の時間は『右手に直せ』と言われたことで苦痛な時間になってしまう可能性があります。
そして実際にそうなりかけていました。
教師の役目の一つは、子どもたちに学ぶことの楽しさを伝えることだと私は考えます。
左利きでも綺麗な読みやすい字を書けるようになれば、将来そのこと(左手で字を書くこと)で苦労することなどないだろうと思います。
そんなことを思いながら、相談者さんには
『書写の時間に左利きを右利きに直さなければならないという決まりはありませんし、実際に直させる先生は今は少ないと思います』
とお伝えしましたが、何だか釈然としない気持ちが消えませんでした。
「書写くらい右手で」と児童に言った教師が仮に「書写学習の際は右手で書かせなければならない」と考えているのなら、それはその教師がそれまでのご自身の学校生活や教師生活の中で刷り込まれてきた根拠のない先入観なのではないでしょうか。
毛筆書写での右利きと左利きの違い
漢字は多くの画を、左手側から右手側に書きます。
これは、人類は人口のおよそ88~90%が右利きと言われているように、漢字が成り立つ過程においても右利きの人による書きやすさが重視されてきたため、または右利きの人が多いために自然とそのように成り立ったためと思われます。
そのため、左利きの人は鉛筆の先や筆の先を右手側に『引く』というより『押しやる』ような形になってしまいます。
けれどもそれは形の違いだけで、間違いなどではないと私は思っています。
墨液を含んだ筆で紙に文字を書く場合、筆の穂先の向き、線の引き方、力加減が大切になるので、漢字の性質上右手の方が書きやすいのは確かです。
しかし左手でも、正しい穂先の操り方を学べば右手で書いたものと何ら遜色のない文字を書くことができるようになります。
これは、私の教室の生徒さんたちが実証してくれています。
要は慣れなのです。
私の教室には左利きの生徒さん(児童)が数人いて、その生徒さんたちに筆の使い方を教えるときは、私も左手で筆を持って書いて見せることがあります。
それは左手でも右手で扱うのと同じように筆を扱えば、正しい文字を書くことができると知ってもらうためです。
左利きの人は、慣れない右手で四苦八苦して筆を扱うより、使い慣れた左手で練習する方が何倍も早く上達します。
利き手がどちらかということは持って生まれた性質であり、良いとか悪いとかの判断をされる対象ではありません。
私は生徒さんの『書を習いたい』という気持ちにできる限り応えたいので、利き手を問わずに教えることにしています。
ただ毛筆の場合は体の構造上右手で書く方が筆を扱いやすいというのが事実なので、左利きのお子さんの場合は「毛筆のみ右手で書きたい」という希望があればそのように指導しています。
もちろん左利きのお子さんは慣れれば毛筆でも左手の方が書きやすいのは間違いないので、本人と保護者の希望を重視しています。
左利きのお子さんをもつ保護者の方に知って欲しいこと
もしも今、我が子が左利きで学校の書写の時間に『右手で書くこと』を教師に強要され、お子さんが悩んでいるのを心苦しく思っている保護者の方がいたら、どうか安心してください。
『書写の時間は右手で書く』という決まりはありませんし、それはその教師の単なる思い込みであるということです。
左利きのままでも書写(硬筆・毛筆どちらも)は出来ますし、その状態で大人になり社会に出ても困ることなど皆無に等しいです。
今は左利きの教師も多く存在します。
左利きであるが故に人生の大切な場面で差別されるような時代ではありません。
一昔前の価値観に縛られた教師にお子さんの『楽しく学ぶ自由』を奪われそうになったなら、どうか自信を持って意見してください。
『書写の時間は右手で書く』という決まりがないことを思い出してください。
現場の先生方は、保護者の意見にはきっと真摯に耳を傾けてくださいます。
子どもたちのよりよい成長、よりよい未来のために一生懸命な先生がとても多いです。
もしも意見したことに気を悪くするような教師は、認識不足を疑われても仕方がないかも知れないな、と私は思います。
ただ、意見するときはケンカ腰ではなく、「~~だと思うのですがいかがですか?」などの疑問形でした方がすんなり受け止めてもらえるのではないかと、念のため現場経験者の私の見解を添えておきます^^
まとめ
■学校に『書写の時間は右手で書く』という決まりはなく学習指導要領にも記載がない
■毛筆では体の構造上右手の方が筆を扱いやすいが左手でも練習することで同じように書くことができる